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【2019 輪廻転生】

無為徒読


仕事というのは「どうするのか自分が急いで決めねばならない」という局面がけっこう多い。迷う性格の者には非常なストレスだ。それに比べ、たとえば本を読むという行為は、そうした選択や決断とはじつは無縁だから、気の休まる時間を与えてくれる。それに、考えが散らかってもそのまま放っておいていい。誰も困らない。誰も待っていない。

それが、飯田隆編『論理の哲学』とかの堅く難しげな本であってもだ。あるいは三浦俊彦ラッセルのパラドクス』。いやむしろ、一般的な本に比べ、これらは内容つまり何が書いてあるかが最もぶれないような類なので、いっそう楽かもしれない。与えられた道筋に添って頭が動くのに任せればよい。分かっても分からなくても本は終わる。

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ところで、飯田隆は冒頭で論理学を学ぶための参考文献を挙げながら、こう書いていた。

《論理学は数学と同じで一人で本を読んで勉強するよりも、先生について習うほうが早く身につく(だから、機会のある人はぜひそうすべきである)》。

なんとまあ、私はこの本を一人「さあて論理って何だ!」と腕まくりするほどの意気込みで読み始めた矢先だったのに‥。ただし、不幸中の幸いか、すぐあとにこう続く。

《とはいえ、一冊だけ推薦しておこう。これは、身につくかどうかは別として、(たぶん)ひとりでも読めて、広い範囲の話題をていねいに扱っている教科書である》。そして挙げた本が《野矢茂樹『論理学』》。

そうだ、野矢茂樹の『論理学』は本当に親しみやすく一人でもどうにか読める本だった。光が見えてきた。いや、だからまあ、身についたかどうかは別だが。

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上記2冊を読んだのはだいぶ前の話。最近気晴らしに読んだのは、佐藤良明『ビートルズとは何だったのか』。

ビートルズをめぐる歴史と音楽と英語の3レクチャー。サクっと要点に迫れるかんじ。「理想の教室」とのサブタイトルは当たっている。しかしさらに理想を言うなら、東大教授などという存在は国のインフラみたいなものだと捉えて、その共有「知」をこれくらい薄くまとめた一冊は、もう国民全員に無料で配ってはどうだろう。‥まあ実際、図書館本なので受益者負担はたしかにゼロだったのだが。ところが、みすず書房はこれになんと1300円+税という値段をつける。紙の分量だけみれば納得いかない。でも中身は価値がある。「She Loves You」の歌詞の意味あいもぐっと伝わってきた。

ちなみに、この本も巻末にお薦め図書が付記されている。そのなかに山下邦彦ビートルズのつくり方』が入っていて、これまた感動。この本、過去何度も在庫一掃した私の本棚にどうしても抵抗して残り続ける一冊。『ビートルズとは何だったのか』音楽レクチャーの本格版といったところ。

ところで、2006年の今なぜビートルズ? と思う人もいるだろう。その答えというわけではないが、同書によればポール・マッカートニーは今年64歳になるらしい。When I get older losing my hair, Many years from now.

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ふと思う。音楽でも言語でも、その骨組みや組み上げ方という理屈を考えること自体が私は好きなのかもと。

‥‥などと適当なことを書きながら、また一週間が終わる。

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音楽で思い出した。岡田暁生西洋音楽史』も、ネットでの好評に違わない一冊だった。まず書き出しで、音楽史を河の流れに例えていたのが分かりやすい。さらに古楽ルネサンスにおける音楽構造というややこしい話にも、イメージ図を使ったりして、スムーズにのめり込んで行ける。一般向けに分かりやすくと、きっとずいぶん思案し工夫したに違いない。また、語りに人柄というものが現れていて、親しみやすい。歴史の勉強といっても無味乾燥なものになるとは限らない好例だ。中公新書のそっけないイメージと、この教科書ぽいタイトルからは、だれも想像できないだろう。

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論理の哲学 ASIN:4062583410
ラッセルのパラドクス ASIN:4004309751
論理学 ASIN:4130120530
ビートルズとは何だったのか ASIN:4622083132
ビートルズのつくり方 ASIN:4872331788
西洋音楽史 ASIN:4121018168