このところ遠くまで出かける機会がけっこうあった。伊豆、愛知、山梨。いずれも高速道路を車で移動。巨大な富士山がきれいに見えたのをはじめ、途中の景色は無条件に面白かった。それが仕事の途中であれ気分はがらりと変わるもの。東京にいると海や山はおろか河や田んぼすら見る機会がないことも思い知るのだった。
さて、山梨へは中央自動車道。多摩あたりを走行していくと、ユーミンの「中央フリーウェイ」が当然のごとく浮かんできた。
中央フリーウェイ
調布基地を追い越し 山に向っていけば
黄昏がフロントグラスを染めて広がる
中央フリーウェイ
片手で持つハンドル 片手で肩を抱いて
愛してるって言っても聞こえない 風が強くて
街の灯がやがて瞬きだす
2人して流星になったみたい
中央フリーウェイ
右に見える競馬場 左はビール工場
この道はまるで滑走路 夜空に続く
…と著作権は気になるが、歌詞のほうが勝手に進んでいくのだから仕方ない。(荒井由実作詞)
しかしまあどうやったらこんな完ぺきな歌になるのやら。転調めまぐるしくコードを探っても途方にくれるばかりなのに、ひたすら滑らかに流れるサウンドは、何度聴いても惚れ惚れしてしまう。松任谷正隆、山下達郎、細野晴臣、鈴木茂らの手によるというアレンジと演奏が、1976年にしてこの楽曲を産み出した。しかしこの魔法は、ひとえにユーミンの作曲自体のポテンシャルがそのまま開かれ飾られていった結果なのだと思う。
歌詞も、何でもない情景描写のようで、過不足なくじつに的確。「山に向っていけば 黄昏がフロントグラスを染めて広がる」。あるいは「片手で持つハンドル 片手で肩を抱いて 愛してるって言っても聞こえない 風が強くて」。そのうち「街の灯がやがて瞬きだす 2人して流星になったみたい」と。で「この道はまるで滑走路 夜空に続く」と。
この30年ほどを眺めて日本の歌のスタンダードというなら、私は第一にユーミンを挙げたい。この「中央フリーウェイ」もまさに人口に膾炙・耳にタコとなり、「中央自動車といったら競馬場とビール工場だね」というのは、もはや日本国民の共通センスだ。
浜名湖といえばウナギパイ。伊豆といえば踊り子。いやそれ以上にユーミンはもはや「春はあけぼの」くらいの位置だと思う。というか、そもそも「春はあけぼの」だって、「中央フリーウェイ」のレコードをかけるがごとくに、そのポップさや斬新さが喝采されたのではなかろうか。「中央フリーウェイ」の転調の面白さも、係り結びや体言止めにしびれたのに近いと想像してもいい。
●荒井由実『14番目の月』に収録 ASIN:B00005GMFP