東京永久観光

【2019 輪廻転生】

読書の秋


彼の軍隊がリングを行進し、オーストリア人たちは選挙を中止して併合を承認した。彼らはドイツ人になるのだ。公園という公園が新ドイツ人であふれ返った。メーガンと一緒にアパートにいたおれの耳にも、行進する兵士たちが立てる、一定間隔を置いて次々に行われる銃殺のような、ざっくざっくという足音が聞こえてきた。おれが旧市街の方に歩いていくと、その轟きはいっそう大きくなった。一キロ離れたところからすでに、地面が揺れるのが感じられた。交通は停止し、スタンドの新聞はすべて売り切れ、ビアホールやカフェは空っぽになった。人々はフォルクス公園やブルク公園に押し寄せ、市内へ通じるあらゆる大通りを通って彼の軍隊がリングへ流れ込むのを見物した。市庁舎の薄っぺらなみすぼらしい花崗岩が、まるで凍りついた白い炎のように、青と銀の空を背景に立っている。誰かが炎に包まれて、か細い悲鳴を上げるのが聞こえる気がする。ホーフブルクに行って、その中のひとつの建物の階段を上ってあたりを見渡すと、リングの弧が広がる限りどこまで行っても兵士の列である。おれのまわりで、男たちは酒とアドレナリンで荒々しい気分になっていた。女たちは劇場の柱廊を埋めつくし、歩道の石壁にぴったり体をくっつけていた。彼の姿が見えると、暗い、ぎらぎら光る恍惚が女たちの中央からあふれ出た。女たちが壁を離れると、そこには丸い、濡れたしみがいくつも残っていた。気を失って地面に崩れ落ちる女も大勢いた。道路にそっていたるところで女が歩道に横たわり、壁に頭をつけて立つ女たちは隷属の濡れた叫びを発していた。旧市街の、誰もいなくなった裏道で、無数の犬たちが交わった。旧ウィーン全体が犬たちのものだった。浮浪者、ジプシー、ユダヤ人は一人として見えなかった。聖堂の尖塔から、千枚の号外がふわふわと降ってきた。》スティーヴ・エリクソン『黒い時計の旅』福武書店柴田元幸訳)p130

20世紀のある重要な一日の情景がたとえばこのように描写されていると知るのはとても感慨深い。唐突になんだと思うかもしれないが、クリックすればその意味がリンク先にすぐ飛び出してくるような文章ばかり近ごろは読んでいるわけで、そうでないものをじっくり味わう手順としては、ただそのまま書き写してみることも、同じパソコンのキーボードによってではあるが、捨てたものではないと感じるのだ。

それともう一つ。連日ニュースが伝えてくる、古い力の支配に代わって新しい金の支配が威風堂々日本を覆っていく情景…。そうだ、それこそまさにこのイメージだ。「軍靴の響き」という紋切り型は、軍国主義の復活を憂える表現として半信半疑ながら長く使われてきた。それがこんなことの比喩にすっぽり当てはまる日が来ようとは。昔の私は想像していただろうか。村上阪神タイガース。