東京永久観光

【2019 輪廻転生】

つまらない小説はすべて一様につまらないが、おもしろい小説はどれもそれぞれにおもしろい


世界遺産ここに行きたい! ベスト30」をNHKの番組が選んだらしい。
http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/ranking/index0929.html

みんながいいと言うのだから、いつか見に行かねば。ただ、いずこもなにしろ遠い。マチュピチュ九寨溝など、感動にたどりつく前に疲れはててしまうのではないか。

世界名作文学を読むというのも、ちょっとそういうところがある。

「これまで読んだ小説の中で最高の作品」「これ程までに衝撃を受けた作品に出逢ったことはまだなかった」。たとえばこうまで絶賛されているのに、まったく知らずにやりすごすのは惜しい。ちなみにこれは、ウィリアム・フォークナー響きと怒り』に寄せられたアマゾンのレビューだ。

しかし、フォークナーは「読みにくい」との名声も群をぬいて高い。感動にたどりつくまで、並大抵の苦労ではないこともしのばれる。

そして、初フォークナーとして『響きと怒り』を読んだ私の感想――。みんなが口をそろえることは、たいてい当たっている。

「それにしてもこの小説は晦渋であり、難解である。というのも、フォークナーはこの作品で、小説で可能なかぎりの表現技法を駆使して、斬新無比の小説を生みだしているのだから。」
「ぼくはいま、この作品に書かれている物語の荒筋をまとめてみたが、この筋は一読して簡単に辿れるようには書かれていない。(…)作者は、この白痴の意識の中に完全にはいりこみ、そこに映ったままを書きならべているので、この書き出しの情景でさえ、なんのことやらすぐには判然としないくらいだ。」

これは、私が読んだ講談社文庫の訳者高橋正雄による解説から引いた。いやまったくこのとおりに読みあぐねてしまった。かつて万里の長城に登ったとき予想外に霧が深くて周囲がなかなか見通せなかったことを思い出した。

とはいえ「とにかく最後まで読め」というアドバイスも、きわめてよく当たっていたと証言しておこう。さらに「最後まで読んだら、最初からまた読め」とも言うので、そうでなくても読み返したくなる第1章をすぐに再読した。そのときようやく霧が晴れて見渡せたものがまた、予想外に大きかった。

…というわけで。世界遺産ベスト30のうち私はまだ4つしか行ったことがない。世界文学のほうはもっと読んでいない。世界のベストホテルにはべつに泊まらなくてもいい。世界のベスト料理を食べずじまいでもいい。ただ、世界のベスト文学を読まないまま生涯を終えることだけはできない。


響きと怒り』 ASIN:4061975773(これは講談社文芸文庫


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つけたし

なお、私が読んだ講談社文庫版は、いきなり「つけたし」という長い文章から始まる(講談社文芸文庫もそうらしい)。フォークナー自身が梗概として書いたもので後の版では実際に巻頭に収められたとかいうのだが、これをまず読むべきなのか、それとも飛ばしたほうがいいのか、首をひねってしまった。いかなる小説であれ「とにかく頭から黙って読んでいけばいいのだから」と言い聞かせて本を開いた私の出鼻をくじくのに十分だった。しかしながら、この「つけたし」は、『響きと怒り』の人物をよく知っているある個人が、彼らの生涯を事後にじっくり俯瞰しつつ回想したような文章であり、言い換えれば、作中では語られないフォークナー自身の彼らへの思いが詰まったものとも言え、この物語を確実に深く味わわせることになる。ただし、小説の最後に起こる事件があっさりネタバレするという問題は残る。そういえば『白鯨』も冒頭でよく分からないものを読まされる。カントの『純粋理性批判』もいったいどこから本編なのか迷わされる。

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この言葉を信じて… http://ddb.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp/wl/7.html