東京永久観光

【2019 輪廻転生】

『点と線』松本清張


このあいだ、ブルートレイン「あさかぜ」がなくなるというニュースで、この列車は松本清張の『点と線』にも登場し…と言っていたので、そうだったかと思い、実に久しぶりにこの名作を読みなおした。雑誌『旅』で「点と線」の連載がスタートしたのは昭和32年(1957年)という。これが社会派推理の先がけになったとよく言われる。清張ミステリーも長編はこれが第一作らしい。

―以下ネタバレっぽいので注意―

『点と線』に書き込まれたダイヤによれば、当時「あさかぜ」は夕方6時半に東京を出発し、翌日朝11時55分に博多に到着した。便利な特急だったというが、実に17時間25分もかかったのだ。さらに東京から北海道への移動も捜査の焦点になり、こちらは夜7時15分に上野を発って札幌には翌日の夜8時34分にやっと着く。というのも、北海道には連絡船で渡らねばならなかった。青函トンネルはまだ着工すらしていない。上野発の夜行列車おりた時から、青森駅は雪のなか(石川さゆり津軽海峡・冬景色」)というわけ。現在ならもちろん博多へは新幹線、札幌へは飛行機だろう。いや実は当時も…というところがアリバイ崩しにつながっていく。

ミステリーも宮部みゆきなど読んでいると、しばしば同時代性を感じる。じゃあ「点と線」ならその昭和30年代が探せるかも、という期待もあった。しかし、たしかに携帯やメールは出てこないものの、社会派推理の基本形を読んでいるなあという安心気分に包まれて、それが古くさいという印象にはならない。というわけで、列島移動の時間変化こそ、やはり最も際立つのだった。都心から荻窪あたりまで都電が走っていたのも新鮮だったけど。

さて小説では、その「あさかぜ」で博多まで行って心中したとみられる男女が発見される。男のポケットからは食堂車のレシートも出てくる。これが事件解明のカギになるのだが、値段というのは時代解明のカギでもある。いくらかというと合計340円。微妙。今からみれば安いが、当時にすればものすごく高いんじゃないだろうか。いったい何を食べたのだ。だがそこは事件に関係なく、レシートに1名と記されていたことが重要なのだった。それにしても、今じゃ新幹線でも夜行でも食堂車はほとんど消えた。ここにも時代が刻まれていると言えるのか。

昭和は遠くなりにけり。もちろん我々が懐かしめるのは過去だけなのであって、未来はまだ無いので振り返ることができない。「昔はよかった」と必ず非対称に思いがちなのは、なにより過去と未来がそのように非対称だからだ。それに、年を取るということがだいたいあまりにも不可逆だ。どうしたって時代を相対的になど眺められるわけがない。過去が確実であるのとまったく反対に、未来には不安がつのるばかり。でも本当にそのせいだけだろうか、日本の将来というものが、これほどまで懐かしさを積んでいきそうに思えないのは。

…まあそんなことはいいとして、ミステリーとしての発見も最後に一つ。――ここネタバレ!―― 死んだ女と犯人が愛人関係にあったことは最後に明かされるが、作者は冒頭も冒頭でそのことを匂わせていたもよう。ちょっとした叙述トリックか。これは解説でも言及されていないので、もしや私の新発見?(そんなわけはないか)。新潮文庫でいうと8ページ。《「やあい、あんなことを言ってる。あたし、ちゃんと知ってるわ」とかね子がはなした。「おいおい、変なことを言うなよ」「だめよ、かねちゃん」と、お時さんが言った。「ここの女中は、みんなヤーさんに惚れてるんだけど、ちっとも振りむいてもらえないのよ。かねちゃん、早いところあきらめなさいな」「へーんだ」かね子は、歯を出して笑った。》これは「そんなこと言ってるあなたが、やーさんと関係しているのを、あたしは知ってるのよ」という意味だろう。ああ、刑事はなぜ、かね子に事情を聞かないのだ!

それと、ニュースで触れるほど「あさかぜ」車中の描写があるのかというと、これがまったくない。乗った人物の視点で旅情を語るわけにはいかないのだ! 推理小説としての事情がそこにある。

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