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【2019 輪廻転生】

融通無碍か、むげなる融通か

《日本の十五歳(高校一年生に相当)の読解力が、他国の同年齢の子どもに比べて大幅に低下していることが七日、経済協力開発機構OECD)の学習到達度調査(PISA)で分かった》というニュース。
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20041207/eve_____sya_____003.shtml

しかし「読解力」って、いったいどんなテストをさせるんだ? そこをぐっとつついた考察があった。
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2004/12/post_4.html極東ブログ
引用およびリンクされた過去問題の現物をみて、私も思った。「なんだそうだったのか」。
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/etc/oecd2004/

要するに、OECDのいう「読解力」とは、ある議論を読ませ、それに対して「自分の意見をしっかり述べる」ところに重点がある。ちなみに、公開されている2000年の問題では、学校の壁に落書きをするのがいいかわるいかの議論だ。そうすると、その順位が低いのは、議論ができないことの反映なのか、議論を好まないことの反映なのか、はっきりしない。後者の可能性もある。日本の15歳が「読解力がない」といっても、単に「議論が苦手な性格」にすぎないかもしれないわけだ。

もちろん、そもそも日本人が議論嫌いかどうかも、確固たる実証がなされてきたわけでもないのだろう。ただまあ直観として、欧米の人に比べて、さらには韓国や中国の人に比べても、弁が立つとか議論を上手いというふうには見えない。

「すいません エヘヘエヘヘの 日本人 結局よろしく お願いします」


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――この疑問、ぐっと飛んで、昨日に続いて「倫理研 第1回議事録」(http://ised.glocom.jp/ised/)へ。

この共同討議がまず問うのは、ネットの言論ははたして、創発的な成功を遂げるのか、ポピュリズム的な失敗に陥るのかという点。その観点からは期待や評価が完全に下降しているのが2ちゃんねるだ。さらに、そうした2ちゃんねる的なものは韓国にはないという話にもなる。

東浩紀 《韓国におけるインターネットのポジティブな役割と、日本における2ちゃんねるのネガティブな印象はよく比較されます。》

金亮都 《…わりと韓国では、日本の2ちゃんねると比べると、韓国のネットを通じた政治的活動は「進歩的」なものとして捉えられているんですね。いままで長く保守的だった政権が変わるという大きな動きに、ネット・モバイルが大統領選挙という側面で役立ったと大きく報じられていますし、事実そう思います。》

同 《…韓国ではインターネット・ジャーナリズムというものが活発で、実際いまの盧武鉉ノムヒョン)大統領が出たときにも、ネット世論の中心はインターネットでの新聞、たとえば「オーマイニュース(Oh My News)」というところが担うわけですね。》

同 《…基本的にはまずマスコミで報じられたものが先にあって、ネットでの反応が反論なりという形で起こります。また、韓国ではノムヒョン政権との絡みあいで進歩的なマスコミをつくろうという動きもあります。つまり日本での2ちゃんねる・blogといった個人的な単位での情報発信よりも上位のレイヤーが、情報発信の基点になっているという感じです。》

(ちなみに、これまた昨日リンクした『ブログ時評』の団藤保晴氏が、2ちゃんねるを完璧に低く評価し、逆にジャーナリズムの可能性として「オーマイニュース」に触れているのも、なかなか興味深い。http://dandoweb.com/backno/20041125.htm



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さて、ここまでを総括して、日本の人は「議論を好まない」とりわけ「ポジティブな議論を好まない」と仮定するなら、逆に「それとは違うなにかを好んでいるに違いない」。その「オルタナティブな好み」の異様な隆盛というのが、2ちゃんねるだったと言えるだろう。で、そうしたオルタナティブ言論のまざまざとした体現こそ『電車男』だ。

そこにおける言論の使われ方が、たとえば「読解力」と称されるようなものに限定されていたなら、このスレッドは、平衡に向かうことはあっても、こんなおかしなものは出てこない。議論の力学では捉えきれない混沌とした言論から、あれよあれよと乱流が起こり、やがて生成された珍なる秩序。それが「電車男」というふうに見える。

ちなみに、私があのスレッドのまとめを初めて読んだとき、もっとも喝采を禁じえなかったのは、実は《アパム!アパム!弾!弾持ってこい!アパーーーム!》だった。
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Aquarius/7075/trainman2.html
なんでここに『プライベート・ライアン』の台詞が? ということになるけれど、そこは、一定の背景や文脈を共有する近親者に限定された風雅な戯れというわけだろう。和歌の枕詞とか俳句の季語みたいなもの。

いずれにしても、もはや黄昏てきた2ちゃんねるが、最期に『電車男』という輝きを放った。――これはたしかに2004年の一つの総括だろう。


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さて、倫理研の共同討議では、この2ちゃんねるの動向を含め「緻密な啓蒙が乱暴な運動に堕していく」現状が、強く危惧されている。そこは強く印象に残った。

辻大介 《…やはりどうしても懸念が残っているのは、情報の信頼性とはまた別のフックから、ある種のカスケード化なりポピュリズムに進んでいくような回路がどこかにあるのではないか、という点です。/そう思えるのはなぜかと言うと、たとえば2ちゃんねるの「ゴミ拾いオフ」みたいのがありましたね。あれはマスコミの偽善性へのアンチテーゼというよりも、「これをやったら面白いだろう」というネタ的なノリだったと思うんですね。さらにたとえば『電車男』の場合でいえば、「本当かどうかわからないけれど、面白ければいいじゃないか、感動させてくれよ、感動があればいいじゃないか」というわけです。/――たしかにこういった形で、ネタの中身は変わったかもしれない。つまり、アンチマスコミ型のネタというものから、もう少し、「まったりとした」といいますか、「ベタ」なネタになったというのはあるかもしれない。しかし、それをネタとして利用してくところのポピュリズム、カスケード的に人々が流れていく構造というものは、どこかにまだ残っているのではないかと思うんです。》

北田暁大 《たとえば「ゲーム脳の恐怖」(森昭雄 著、生活人新書、2002年)と呼ばれる新書がありましたが、その内容が持つトンデモ科学性を暴くムーブメントというのが、ゲームを支持する世代を中心にネットで起こりましたよね。精神分析医の斎藤環氏による脳科学的にきっちり批判した文章というのがネット上にあって、これに皆でリンクを張ることで、検索エンジンの検索結果で当の本の紹介ページよりも上位に来るようにしようという運動で、みんな盛り上がって参加していました。しかし、たぶんあそこに参加した人の99%は、批判の内実をわかっていないと思うんですよ、それはつまり非常に専門的なことなので、相当に勉強した人じゃないとわからない。もちろん僕だってわかりません。だけれども、とにかく善悪図式だけが存在し、わかりやすいキャラクターがいて、敵もはっきりしている。こうして運動だけが自律化していくということは、逆に、内容が専門的になればなるほどにありうることだと思うんです。》

同 《…あの本(『反社会学講座』)がうけている理由も、いまおっしゃったことと無関係ではないと思うんですよ。啓蒙的でいい本だとは思うんですが、「科学をめぐる情報戦」に巻き込まれている感じもしなくはない。》

辻大介 《…専門知を持ったオーソリティーというのが運動の「旗印」にだけ使われて、旗を振っている人自身は旗の中身がわかっているのか、ただ旗を振っているだけ、という形の危険性が十分にあるんじゃないかと思うんですね。つまり、オーソリティーが「啓蒙」の旗を掲げることが、逆に「啓蒙」に結びついていかずに、「権威」のみが取り出され、内実がブラックボックスのまま不問に付された錦の御旗化してしまう。》

ゲーム脳への反論運動や『反社会学講座』をあえて懐疑的にみるのは、ちょっと意外だったが、考えてみれば深い指摘だ。

しかしである。

この社会や人間になんらか期待される変革・変動がありうるとしたら、それはもちろん、頭脳を欠いてしまったような運動言論によってではないだろう。しかしそれはまた、身体を欠いてしまったような啓蒙言論でもないのではないか。

たしかに、『電車男』を含めて2ちゃんねるを覗いているネットユーザーは、じっとニヒルな思考やクールな議論に沈んでいたかとおもえば、どっと熱い運動に走ってしまいがちに見える。自分を省みてもそういうところはあると思う(もっぱら非戦を唱えつつ、いつかキムジョンイルの宮殿に戦闘機で突入しかねない)。

しかしこうした、思考していたかと思ったらいつのまにか動きだし、運動していたかと思ったらいつのまにか考えこんむ、冷静と情熱のあいだ(!)を、つい行ったり来たりしてしまう「おっちょこちょい」、それこそが期待の星だとみることも大事ではないか。ちょっと古い用語だが、言論における「非平衡」の場と、おっちょこちょいの「ゆらぎ」、言い換えれば、ネタかベタか一応わかっているけど半分忘れてしまうようなノリこそが、変革の生成には不可欠とみることもできるだろう。


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電車男 ASIN:4104715018
混沌からの秩序 ASIN:4622016931