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【2019 輪廻転生】

メッタ義理


きょうび注目するなら芥川賞よりこっちだろ、とは『文学賞メッタ斬り』も書いていたようだが、その三島由紀夫賞に、矢作俊彦の『ららら科學の子』が選ばれた。感想を記したのはずいぶん前だ芥川賞と違って年1回だからか)。褒めていたつもりだったが、全然褒めていなかった。しかも内心首をかしげた点がもう一つあったのだった。この際それを指摘しておこう。

年長の殿方が時代の堕落を嘆くとき、そこから逃れうる希望の星は、なぜいつも年端のいかぬ少女ばかりなのか。『ららら科學の子』を読んで、「またかよ」という思いが避けられなかった。少女を無性に好むこと自体はべつにいいとして、その感覚の根拠を問わないどころか、やや頽廃的でけっこう伊達な革新だと思い込むのは、さすがにみっともなくないか。昨今の高橋源一郎の小説のように、少女嗜好を過剰なまでにアケスケにすることで隠蔽しようという、かえってアケスケな工作なら、むしろ愛嬌があるのに。まあしかし、そんなアケスケを絶対しないところに、ハードボイルドの最後の一線があるのかもしれない。

なお、好ましかったほうの核心もあと一点ある。この小説に冒頭すぐ引かれたのは、ここには中国という新しい現実がぐぐっと関わってくるらしいぞ、とワクワクしたことが大きい。それはかつてウーロン茶のCMで「鉄腕アトム」が中国語で歌われたのを聴いたときの、名状しがたいワクワク感と同調している。あの歌が喚起したもの。それは言ってみれば、中国という困った大国の近隣にいて諦めと無常観がじわじわ漂ってきながらも、しかしそれ以上に、私たちが長く長く見知ってきた世界像には収まらないような躍動の形が、ああもうはっきりあるんだなという面白さだ。かつての「鉄腕アトム」を懐古するしかないような黄昏気分とは一線を画した、新しいアジアの無常と言ってもいいだろう。読書中、タイトル「ららら科學の子」の由来に行き着いたとき、このワクワク感だけはまあ的を射ていたかな、と私は思った(そういうことが眼目の作品ではなかったが)。

さて、これまた『文学賞メッタ斬り』も言及していたとおり曲者ぞろいの三島賞の選者たちは、『ららら科學の子』のどのあたりに溺れたのか、いや溺れるのも小説の好い読み方だと思うけれど、ああ早く知りたい。

ASIN:4163222006