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【2019 輪廻転生】

噦あの気持ち器


綿矢りさ蹴りたい背中』(芥川賞

「おお青春、ああ孤独」と浸りかねないところだったが、淡い、淡い。いやまあ高校生活における出来事なんて、大人のしかも他人にすれば、どれも気の抜けた炭酸水にちがいない。それでも当人は目下それが濃すぎて熱すぎてもう死にそう! とまあそういうぐあいに青春は実在する。つまり淡さのなかにも実質的な濃さがある。だったらもっと過剰に告白し描写してもよかったんじゃないか、その濃い内面や状況を。全体になんというか、希薄だったかなと。なにより主人公の女子が相手の男子に向けた心情、すなわち「背中を蹴りたい心情」のことだ。恋愛とはまた違った気持ちなのだとも解釈されるが、実はそう特殊でもなく、わりと一般的な話なのに説明が不足して神秘化されているだけにも思えた。汚く惨めになってもいいから、そこはもうちょっと書き込んで伝達してほしかった。こういう仮想と比較が正当かどうかわからないが、たとえば綿矢個人が高校の時につけていた日記なら、きっともっと長ったらしく、もっときわどかったり身も蓋もなかったりするのではないか。あるいは、そういう19歳が小説を書いてみると結果的にこういう淡さになるところに、なにか真実味があるのかもしれないが。

凝っていながら生硬な文章に「いかにも高校の文芸部」とは誰しも感じるだろう。私もそうだった。でもそれは軽くあしらったという意味ではまったくない。創作の手の内、言い換えれば、若い苦い個人の小さな事件がどう語られうるのか、それがなんとなく見えそうなところにむしろ惹かれた。また、高校の文芸部の同人誌などというものを、結局読んだためしはないわけで、しかしあの人たちはいったい何をどう書いていたんだろう、ちょっとそのつもりで読んでみるかと、そんな大昔を振り返るような期待も手伝って、萌えた(←これは嘘)。

蹴りたい背中』を手にするというのは、消費行動としては、新人バンドのデビューCDをためしに聴くようなものだろうか。音楽の場合はテレビで流れてきたりレンタルしてBGMに使ったりという関わりもあるが、小説本を一冊読むには、CDならオーディオにきちんと向き合って聞き込む程度の集中力が必要だ。しかも純文学の新人となると事前情報や周辺情報が行き交うことはめったにない。そう考えると、芥川賞のプロモーション力は破格だ。さもなくば『蹴りたい背中』も読んだかどうか、あやしい。

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