東京永久観光

【2019 輪廻転生】

祭りのあと

●「あなたの一票が政治を決める」という熱意は、おそらく国民主権というロマンに支えられている。これがいくらか欺瞞であると気づくとき、「オレの一票が政治を決める、わけがない」というシニシズムが生じる。「投票しなければならない」に対して「投票しなくてもいい」というわけだ。しかしこれは「投票したってしょうがない」「投票なんかするものか」と転じたすえに、知らず知らず「投票しない主義」に着地することがある。こうなるともう逆のロマン主義ではないか。●「投票しなければならない」はやや疑わしい。だから「投票しなくてもよい」は間違いではない。しかし「投票してはならない」も同じく疑わしいのだから、もうひとつ「投票してもよい」という選択肢がありうる。●…と、今ごろになってあれこれ考えている。

●選挙の話ではないが、宮台真司は、姜尚中との対談を通じて、自らの立場を次のように説明している。《私は「国民国家の閉鎖的な幻想性を解除せよ」との主張に反対しておらず、それを前提に「国民国家の閉鎖性を解除するべく国家の操縦に徹底コミットせよ」という主張こそが「今は必要だ」と言ってる》。(『MIYADAI.com Blog』より)●この構図をちょっと借りるなら――「総選挙の幻想性を解除せよ」という主張を捨てないままで「総選挙の幻想性を解除するべく総選挙の操縦にコミットせよ」――ということになる。とはいえ、「総選挙の幻想性を解除せよ」は「投票したってしょうがない」という主張に近いが、「総選挙の幻想性を解除すべく総選挙の操縦にコミットせよ」は、実際どうすればいいか迷う。ただ投票すればいいわけでも、ただ投票しなければいいわけでもないような…。

●宮台氏はこんなことも言っている。《…真理性に基づく内容的記述(目的プログラム)よりも機能に基づく形式的記述(条件プログラム)の方がトタリテートにおいて優位たらざるをえない社会的段階に達したというのが、私の考えです。/そういう社会的段階に達したとは、具体的にいえば「社会的複雑性の増大」のことです。真理性を支えていた単一の文脈が崩れ、真理の文脈依存性が露わになればなるほど、文脈を限定した上での(=if文)真理性の言明(=then文)にならざるを得ない道理でしょう。》()●日本の政治はとてもややこしいので、「○党が正しい」という単一の判断は難しい。「とりあえずイラクのためにはA党、年金のためにはB党」とか「C党がこうきて、D党がこうくるのだから、ここはC党」といった判断なら可能、ということか。

●ともあれ今なお総選挙は国民最大の祭りではあった。