東京永久観光

【2019 輪廻転生】

夏休みの宿題

●夏休みだからというわけでもないが、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』を分厚い世界文学全集で読んでいた。浮浪児ハックが筏に乗って逃亡奴隷のジムと一緒にミシシッピ河を下っていく、あの物語。窮屈なおばさん宅、さらには突然現れた暴力親父の手を逃れ、いよいよ水上へと滑り込んでいく冒頭は、今しも学校が終って休暇が始まろうという解放感そのものかもしれない。だから、河の中の島にたどりつき、思いがけずジムと出会い、ミシシッピを本格的に下りはじめ、流れてきた家屋、打ち上げられた船を見つけては入り込み――、そうした水上移動そのものとして未知の出来事が次々に起こっていく前半部は、まだ先の長い、そして先の見えない圧倒的なわくわく感を誘うのだった。しばらくして、河岸に建っていた、きっと当時のアメリカを象徴する裕福で好戦的な一家にもお世話になるが、この計2章は、まあ、親戚の家を訪ねてお兄さんお姉さんの世界に触れた一泊二日のお泊まりのようでもある。小説が中盤になると、ハックとジムの筏には二人のペテン師が加わり、さらに舞台が両岸にあるいくつかの町に変わったうえで、スリル満点のドタバタが繰り返されることになる。これらの活劇は実に面白く出来ていて、いってみれば陸にあがった安定感で楽しめる。それでも、闇と霧と嵐のミシシッピに翻弄されながらただ前進していく水上パートの、あてどない夢想の方は、やや減じたかなと感じてしまう。夏休みでいえば、プール通いも虫取りも西瓜の味も毎度のことでちょいと飽きてくる時期だろうか。つまり、この部分は、筏で河を移動している一団が先々の町でそのつどドラマを繰り広げるといった形で、『水戸黄門』風にシリーズ化できそうなのだ。それはどこか、大昔に夏休みというと放映されたおなじみのテレビ番組のようで、すこし暇を持てあました気だるさもよみがえる。さて終盤では、とうとう民家に捕まってしまったジムを救い出そうと、トムという助っ人も都合よく加わって、知恵と力をここぞとばかり総動員する。この最終のやや長めの大冒険は、たまった宿題をお盆過ぎになって一気に片づけようとでもいうような無謀で厄介な挑戦となる。もちろんそれはどうにか成し遂げられ問題はすべて解決されるのだが、それを受けた最終章は大団円というにはあっけない。そこがまた、気がつくとあっという間に夏は過ぎ、おやもうコオロギが、といった名残りこそをかしけれ。……ふうやっと読書感想文が仕上がった。さあまた学校だ! ●ちなみにこの小説、最終章を含めて合計43章から成っているのは、なにやら暗示的? 

●ところで、トムとハックが協力してジムを小屋から脱出させる場面では、トムは自分が本で読んだ脱獄ものをそのままなぞりたくて、わざわざ面倒な手順や道具だてに拘る。絶大な敬意を払うトムには必ず従うハックだけれど、内心「やれやれ」と思い「おいおい」と突っ込みもいれる。このやりとりが落語に出てくる長屋の連中のように可笑しいのも一興だった。トムがどこまでも子供っぽいロマンチストであるのに対し、ハックは徹底したリアリストということになるのだろう。●というわけで、リアリストとしての私は、当然ながら夏休みとか言って浮かれている場合ではないのだった。とはいえ、じゃあ何をしている場合なのかというと、それが分らないのである。宿題はまだ手つかず。だが宿題は何だったのか。●村松健に『夏休みの宿題』というアルバム(1990年)があったのをふと思い出し、聴く。


asin:B000J93XNIハックルベリー・フィンの冒険講談社世界文学全集)
asin:4003231155(同/岩波文庫
asin:B000UVAFUE(夏休みの宿題)