東京永久観光

【2019 輪廻転生】

薄味が濃い?

●久しぶりに小説をいくつか読んだ。まず伊井直行お母さんの恋人』(新刊)。●実は私はこの人の隠れファンだ。いや、ちがう、私はべつに隠れていない。隠れているのは伊井直行のほうだ。デビュー20年。こんなに面白いのに、こんなに話題にならない。なぜだ。甘いとも苦いとも決めかねるうっすら独特の味わいが、読後の評価を定めにくくしているのだろうか。前作の『濁った激流にかかる橋』も、ひとつの町を舞台にした連作だったせいか、「誰が何をする話」とひと括りにはできず、ぼんやり不可解な後味を残した。もちろんそれが『濁った激流にかかる橋』の魅力で、収まりどころが見えないからかえって、どこまで読んでもやめるわけにいかないのだった。●そこへいくと、今回の『お母さんの恋人』は、17歳の高校生が36歳の見ず知らずの女性に恋い焦がれ追いかけるという物語だ。「噛めば噛むほど変な味」は同じだが、甘酸っぱさがひとつ引き立っている。今度こそ「おいしい」と評判を呼ぶかもしれない。ドラマ化も可能。●この小説を読んでいく楽しみは、たとえば『センセイの鞄』に近いかなと思っていたら、川上弘美朝日新聞に書評を書いていた。『お母さんの恋人』の奇妙さを、《幸福への指針》がない、つまり《作者自身の考えや社会的前提や小説それ自体から自然にわき出てきてしまうものとしての、ある指針》が希薄なのだ、と評している。なるほど〜。